
8580Fです。ラストナンバーでしたが、廃車第一陣になってしまいました。
5000系の廃車回送も5070型からで、20000系の運用離脱も20070型から、20000型の廃車も21813F(ラストナンバー)と21809F、10000系の廃車スタートも最終グループの11460Fと、どうも、東武鉄道はラストから廃車にする癖でもあるのでしょうか?
製造は1983年1月28日で、東急車輛で製造されました、同日は、81120Fが東急車輛で、81119Fが富士重工で、81118Fがアルナ工機で製造されました。
森林公園検修区に配置されましたが、1986年8月19日に春日部検修区に転属しました。その関係で、側面にサボ受けがありませんでした。8571F・8578Fとの識別ポイントになります。

2005.11.26 春日部
準急伊勢崎行きです。8000系は6両編成が野田線に集中配置されていた関係で、伊勢崎線系統は4両・2両が中心でしたが、2両編成の方が多かったため、頻繁にブツ6が発生していました。

2006.3.15 せんげん台
準急館林行きです。当時は前照灯は昼間は非点灯でした。

2006.6.-4 草加?
2006年3月改正で新設された区間準急久喜行きです。またしてもブツ6になっています。

2006年 北千住
こちらも新設された北千住始発の浅草行きです。この時は8578Fを先頭とするブツ6を組成していました。

2006.12.26 南栗橋
区間急行北千住行き、南栗橋にて後4両(8122F)を増結しました。

2007.2.19 せんげん台
区間急行太田行きです。太田~伊勢崎間はワンマン化されたため、浅草発は太田までに縮小されました。

2007.4.21 春日部
検査明けでピカピカの8580Fです。

2007.4.21 北越谷
この時は、まだまだ走ると思っていました。そもそも検査を受けて、ちゃんと塗装していますので…(5070型は廃車が近かったため、ロクに再塗装せずに出場していましたので…)
2008年1月27日に七光台区に転属、ブツ6の野田線8000系に期待を持たせましたが、1月30日終電後、8523Fを牽引し、ともに廃車になりました。
結局のところ、未修繕車は、8134F-8523Fの廃車回送の牽引車として使用され、そして、2両編成のワンマン車の需要がこれ以上発生しなかったことから、そのまま廃車になってしまいました。8000系の修繕車数が700両を超えることなく、696両止まりになった瞬間でした。
関連項目
同日製造の8000系