8111Fです。生まれは1963年、埼玉県川口市の日本車輌東京支店で、初任地は埼玉県川越市の川越電車区です。1971年川越電車区の移転に伴い埼玉県比企郡滑川町の森林公園検修区に異動になりました。1972年に栃木県宇都宮市の富士重工生まれの2両を増結し、1977年に東京都足立区の津覇車輌で冷房改造、1986年12月に同じく津覇車輌で修繕工事を受けました。
2011年6月30日、惜しまれながら引退しました。引退時には特製ヘッドマークを付け、さらには引退日が1日伸びるなどのサプライズもありました。かくして約47年半、埼玉と東京を行き来する生活にピリオドを打ちました。
まあ、これで「終わり」ではなかったのですがね。

2007.8.-8 志木
東上線では当時、3編成が初期修繕車として活躍していました。なお、未修繕車はこの年4月の81115Fをもって消滅しました。

2010.12.-5 南栗橋車両管区 (東武ファンフェスタ)
…何線ですか?コレ?

2011.6.29 上板橋
2008年に8108Fが、2010年に8112Fが廃車になり、気が付けば東上線最後の原型顔(丸目)になっていました。なお、伊勢崎線・野田線では2009年に消滅しています。

2011.6.29 池袋
発車標で案内されるヘッドマーク掲出の件。
なお、通称:丸目とこの時初めて知った気が…

2011.6.29 池袋
最終運用になるはずだった急行森林公園行きです。なお、幕回し中なのでこんな表示も。

2011.6.30 森林公園
…実は6月29日引退→6月30日引退は、初めから予定されていたのでは?とか思っていたりいなかったり。

2011.6.30 森林公園
引退日の最初の運用は、通勤急行池袋行きでした。
余談ですが、この引退イベントが、某会の成立と某会の命名に影響したそうです。(某会発行同人誌より)
車番プレート:8111F
[池袋方面]












[寄居・(三峰口)方面]
撮影日:2011.6.29
48年の現役生活で、車内のプレートも変遷してきました。最終日前日の段階でこんな感じです。
多数派は幕修繕車で使用されたフォント類似のプレートで、材質も妙に薄かったり、厚かったり、そもそも一部破損しているものもある、何やら車番プレートが「もう限界」と言ってきそうなラインナップです。
…形態別の解説は?多分ほとんど手書き文字という以外は、分類が難しいかと…
その後の8111F